次々に襲う危険と疲労、困難と恐怖のなか、それでも人はなぜ野山を歩き、歩き、歩きつづけることに惹かれるのだろうか? おそらく、その理由や動機は、百人百通りなんだろうな。お遍路(へんろ)さんも、同じようなものなのだろうかな……。上映中、そんな問いかけがずーっと頭のなかを駆け巡っていた。しかも、これが実際にあった話だとは!
映画の舞台は、アメリカ三大トレイルのひとつ「パシフィック・クレスト・トレイル」(通称PCT・全長4260km)の一部である1600km。ここを30歳ほどの華奢な女性が全行程を歩く。ひとりで! トレイル・ウォーキングの経験はもちろん、充分な知識も、適正な装備や食糧も持たず、ただひたすら前へ進むことだけに集中しようとする彼女。体力、気力がなえるたびにフラッシュバックのようによみがえる、若くして亡くなった母との思い出、幼いころ父親から受けたDV、別れたばかりの夫、エトセトラエトセトラ。しだいにその姿は、巨大なバックパックを背負った、修行(尼)僧のように変わっていく。自分を取り戻すための3か月にも及ぶロング・トレイルの果てに彼女が得たものとは?
山や自然を愛する人たちはもちろん、ごくふつうに暮らしや音楽を愛しながら、誠実に日々を送っているすべての人におすすめしたい佳作。(文/向 和美)
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